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牛のあれこれ 絵巻より [丑]

昔は牛の存在というものは現代とは比べ物にならない程大きかった。現在の私達の暮らしでは、牛というと牛肉、牛革(カバン、靴、小物等。。。)など、加工されたものばかりだから、直接に牛を見る機会はほとんどない。しかし、昔、牛は食糧ではなく、車、農耕車といった動力としての活動が主だったから、今、私達が通りに出て車を見ない方が難しいように、外へ出れば必ず牛とご対面の機会があったに違いない。
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春日権現験記絵より 牛飼童にひかれて行く牛 中におられるのは地蔵菩薩 
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北野天神縁起より 珍しく暴走する牛  菅公の怨霊に寄る賀茂川の氾濫の中を疾走する牛車 日本版モーセの十戒のような。。。乗っておられるのは尊意という高僧

牛車に乗られるのは、どうやら尊いかたばかりのよう。。。神仏、また神仏に準ずる方か、貴族、公家。。。武士が牛車に乗っている姿はないようである。。。もともと武士(もののふ)は侍(さぶろ)う者
=さむらい。。。

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平治物語絵巻より 上皇を護衛して移動する武士団

さて、これは地獄の様子を描いた場面 地獄にも牛車が。。。と思いきや、牛ではなく、象でした。。。
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北野天神絵巻より



パリの牛パレード [丑]

2006年5月、パリに滞在していた時のこと、パリの市街地を舞台にしたvach'art parade a paris(ヴァシュアール・パリ)という展覧会が開催されていた。有名、駆け出しのアーティスト達により、着色、工夫した実物大の牛があちらこちらに展示されるというものであった。街を歩いているとあちらこちらに登場する牛達は、どれも個性豊か。パリだけでなくニューヨーク、ロンドンなどでも行われたらしい。約10日間の展示の後は、オークションにかけられるとのことであった。
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撮影裏話: 富士山麓風穴3日目 岩隠れの術 [丑]

気を取り直して3度目の正直。風穴の中は天候が晴れでも雨でも関係ないのだが、衣装の持ち運びが大変なので、天気予報で晴れの日を選んで出発。
今回は無事入場。前回と同じ場所で、三脚の高さを変えて撮影。
しかし、前回にはおこらなかったハプニングが起こった。前回は幸いなことに撮影をしている一時間半ほどの間は貸し切り状態だったのだが、今回、撮影をしていると

「声が聞こえる」

長く続く隧道の向こうから人声が。。。

「どうする」
「どうしよ、とりあえずコート着とく? 私が鍾乳石を撮りに来ているって感じで」

コートを着たところで、派手な頭は隠しようがないのだが。。。とりあえずは。。。

モデル、さささっ、とカメラマンの背後へ。人声が近づき、大人4人連れが姿をあらわす。カメラマン、レンズを天井へ向けて鍾乳石を撮影してるポーズ。。。

「どう、これ?」

と、振り向いた瞬間ぎょっとした。モデルがいないのである。しかし、ここで声を上げるわけにはいかないと思い、一人で来ている風を装う。後ろに行ったと思ったけど、隧道の奥でも見にいったかな。。。と思ううち、隧道の奥まで言った4人連れがUターンして帰っていく。。。あれ? モデルはどこへ。。。と探すと

「ここよ」と、とつぜん、背後の闇が動き、足下にモデルの顔が。

「ひえええええええ、そこにいたのっ」
「ふふふ、忍法傘がくれ」

なんと、モデルはカメラマンのすぐ後ろでしゃがみ、誘導灯をカバーするために持って来ていた黒い傘の陰に隠れていたのだ。すぐ上に誘導灯が点灯し、その光が眩しすぎて、逆に直下は真っ暗闇なのである。4人連れは全く気がつかなかったに違いない。
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忍法 傘隠れ。。。

今年、丑年の撮影ほど苦労をした年はなかった。前年のネズミの撮影が一度で終わって快挙!などと喜んでいる場合ではなかったのである。重ねに重ねて計5回。最後とはいえ、もう参ってしまう。ようやく無事にすんでホッ。。。である


撮影: 富士山麓風穴2日目 お休み日 [丑]

一日目に撮ったものを帰ってパソコンで見たところ、全体はいい感じなのだが、どうも足下の水面の写りが物足りない。。。。

「角度が悪かったかな。。。。」

と、カメラマンがぼそり。。。。

「いいよ、最後だし、こだわろうよ」

にっこりと微笑むモデル。。。。

ところが。。。ああ。。なんと。。。張り切って出かけた2日目、風穴は調査のため立ち入り禁止。。。。

「えええええええええええ」

片道100km、カメラマン、モデルの悲痛な叫びが富士山頂へ響く。。。。


撮影: 富士山麓風穴 [丑]

大台ケ原、那須高原とさまよったあげく、最後に「日本一の山」富士山麓の風穴にたどりついた。富士山麓には富岳風穴、鳴沢氷穴など、富士山の爆発の際にできた溶岩隧道
が多い。風穴の中は、まるで巨大な人骨の墓場にはいったようで、天井の鍾乳石からは地下水がしたたる。
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洞窟内は誘導灯で通路が照らされている。灯の陰になっている所は全くの暗闇。誘導灯をフレームに入れないようにしようとすると。。。これが以外とむずかしい。通行人が安全に見学できるようにまんべんなく配置されているので、フレーム内に入ってくるか、画面内に入らなくても、強い光源によって露光調整が邪魔されるか。。。

それでもどうにか場所を探し、片側だけに誘導灯の続く直径3メートル程の隧道で、誘導灯に布をかけて調整し、露光を長めにして撮影。。。不安がよぎるのでフラッシュでも撮影。。。
下の2枚の写真、同じ状況でこれだけの差が出る。どちらが吉とでるか分からないので、ひたすらシャッターを切る。しかし露光を長くすると、モデルがポーズを取る時間が長くなり、こんなに露光の長い撮影は初めてなので、ぶれたりすることも多い。。。
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「地獄の入り口で、足下の水鏡に映る人間達の様子を手に溜めた気をとおして見透かす感じ、はいっ」
「まだ気が溜まらない。。。集中できないよ。。。あっ。。。溜まってきたっ」

このモデルの「気」のタイミングと露光のタイミングがこれまた。。。。合ったり合わなかったり。。。

ちなみに風穴というのは一年を通じて一定の13℃である。夏は涼しく冬は暖かい。


ロケ地探し2 那須茶臼岳 [丑]

次の候補地は那須茶臼岳である。次のイメージは噴煙吹き上がる中の荒涼とした風景。。。麓には殺生石もあり。。。

11月22日。東京の目黒区から出発。今回のロケは初めてのレンタカーである。なかなか快適だ。目黒から那須茶臼山までは約200km。首都高速からは富士山が遥かに見えた。快晴。幸先がいい!東北自動車道に乗り継ぎひたすら那須へ向かって走る走る。。。。

一般道に下り、那須エリアに入った頃から雪がちらつきだした。

「雪が降ってる???」
「なんか。。。対向車、さっきからみんなスノーチェーンつけてる。。。」

那須湯本に入ってからは雪は本格的になりだした。余裕で積もっているのだ。

「どうする?スノーチェーンなんてないよ」
「ううん。。。」

悩む必要はなかった。ボルケーのハイウェイの入り口で

「この車、チェーンつけてないね、はいUターンして」

と、あっさり追い返されてしまったのである。後ろにいた横浜ナンバーも同じ運命に。。。

ボルケーノハイウェイの後、山麓駅からロープウェイに乗って山頂へ行き、そこから徒歩で20分程の無限地獄と呼ばれる地点で撮影をする予定だった。無限地獄は始終ガスが立ち上っているところで、「あまり立ち止まらないように」との注意書きがされているところである。事前に見た写真では生命の存在が全く感じられないような荒涼とした雰囲気で気に入ってしまったのだ。

「事前に着替えてね、コート着て、その場所に行ったら、さっとコートとって、さっとポーズとって、ちゃっちゃと済ませようね」

と事前に打ち合わせまでしていたのに。。。。ボルケーノハイウェイにさえ乗れないとなると、那須行きは全くの徒労に終わってしまった。

ハイウェイのすぐ隣に「殺生石」エリアがある。柵で区切られた殺生石の周りでは、ウサギや狐などの小動物は数分で死んでしまうそうだ。この日も地元の登山家の有志のかたが、殺生石の付近の見回りをしていた。「入るな」との注意書きがあるにもかかわらず、年に何人かは柵の中に入り、毒ガスで意識を失ったりする事件があるそうだ。
毒ガスは空気より重いので、大人の場合は写真をとるために屈んだ時などにやられてしまうらしい。注意書きがあるのだから。。。。自業自得だよね。。。
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ガスは目に見えないので、今ひとつ危険を感じられないのかもしれない。しかし、柵にはめこまれたお賽銭(?)をみると、ガスの威力を見ることが出来る。アルミの一円玉などは数日で写真のようになるそうだ。
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無限地獄の撮影は中止で正解だったのかも知れない。。。。
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殺生石エリアの石地蔵群

撮影イメージ: ロケ場所探し1 大台ケ原 [丑]

「牛頭天王の神秘な霊を地獄の雰囲気で」撮るために、撮影場所にはずいぶんこだわった。今年は干支シリーズの最終年である。地獄、または死の雰囲気のある場所を考えた時に大台ケ原を思いついた。
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大台ケ原の原生林

大台ケ原は年間5000ミリという世界有数の多雨地帯である。奈良県と三重県の県境を南北に走る台高山脈の南端に位置し、山頂が平らであるが、名前の由来であるらしい。
1959年の伊勢湾台風の直撃により、通り道筋のトウヒが立ち枯れてしまった。屋久島と並ぶ原生林が、これにより生態系が変化し、辺り一体はいとざさの平原となった。

白く枯れたトウヒはまるで白骨のように見える。さらに大台ケ原には神武天皇によって封じ込められた魔牛が姿をかえたという「牛石」があるということである。ますます今年の撮影場所にふさわしいように思える。霧が多いという情報もあったが、霧の中に浮かぶ様子も恰好いいのでは、と大台ケ原に向かうことにする。
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牛ケ原の牛石

衣装一式を持って現地へ。大台ケ原までは約140km、名神高速から近畿自動車道、阪和、南阪奈を高速を乗り継いだ後に約90kmの下道が待っている。天候は曇り。屋外の撮影では快晴では帰って陰影が強くなってきれいな仕上がりにならないことも多いので、ちょうど良い感じ。目指す東大台のハイキングコースは、ハイキングコースとはいいながら、結構勾配があったりする。今回は行かなかったしおから吊り橋付近は相当きついそうだ。

さて、立ち枯れのスポット、正木が原に到着。。。到着。。。視界はとても良い。熊野灘までがすっきりと見わたせる。。。立ち枯れになった白いトウヒが予想通り白骨のように折り重なり。。。しかし。。。強風が。。。すさまじい。。。
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これはその時撮った写真であるが、写真では風はまったく見えない。吹いている気配さえ感じない。現地で撮った写真でさえこうなのだから、下調べの時に見た写真でこの強風を予想することは不可能である。いや、山頂だから風が吹き抜けることは予測できたのかも知れないが、ここまでとは。。。台風にやられ、立ち枯れした林には風を遮るものは何もない。

「うひゃ〜」

カメラマンとモデル、呆然と立ちすくむ。風さえ考えなければ絶好の撮影風景なのだが、なにしろ風が。。。その風は一瞬たりとも休む様子がなく。。。

衣装持ちのまま大蛇嵓まで足をのばし、絶壁からの絶景を堪能して帰路についた。
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衣装コンセプト・丑 [丑]



今年、丑年は十二支シリーズ最後の年。牛のイメージも最強の「牛頭天王」がテーマである。「牛頭天王」はインドの祇園精舎の守護神で、牛頭人身の姿をしている。古事記で「荒ぶる神」の代表であるスサノオと習合し、疫病の神などとして祀られる。京都祇園の八坂神社の祭神はもちろん牛頭天王である。

牛頭人身のキャラクターに牛頭鬼という地獄の獄卒がいる。馬頭人身の馬頭鬼(めずき)とペアで描かれていることが多い。牛頭鬼馬頭鬼共に生前に悪行を行った人々を責め苛む存在である。同じ牛頭人身とはいえ、牛頭天王とはずいぶん異なる存在である。
牛も馬も共に人の生活、特に生きるための労働を共にする家畜として最も身近な動物とはいえ、生前から死後に至るまでのおつきあいとは、なんとも深いご縁である。

その辺りをぐるっとまとめたのが今年の衣装。地獄の泉のほとりに佇む牛頭天王の精といったところである。

丑・牛のイメージ [丑]

牛には、牛車をひいたり、田畑を耕したりしている従順なおとなしい力持ちと、闘牛やロデオなどに見られる猛々しさとの、対局のイメージがある。
日本に生息する牛は茶色や黒系統、福島県会津市の名物赤べこなんていうのもいるが、白地に黒斑のホルスタインのようなイメージは、江戸時代までの民芸的、文芸的な中では見られない。

牛乳やチーズ、バターなど、乳製品の行き渡った現代の食生活からは考えられないが、仏教の影響で4つ足を(基本的には)食べる習慣のなかった日本では、牛はもっぱら労働のパートナーであった。また、牛はインドでは神聖な動物であり、日本の天満宮でも神使いである。天神さんである菅原道真公は丑年生まれ、丑年丑日にお亡くなりになったとか。。。
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北野天神縁起より

鞍馬山で天狗に育てられた牛若丸が成人して源氏の大将、源義経となった。
平家を倶利伽羅峠で破った木曾義仲は牛の角に松明をつけ、崖の上から暴走する牛の群れを平家の陣になだれ込ませる戦法をあみだした。源氏は牛とは縁が深いのか?

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