So-net無料ブログ作成

撮影:和歌山熊野市鬼ケ城 [酉]

熊野灘に面するリアス式海岸は荒波によって海蝕された岩壁である。深くえぐれた洞窟には、その昔海賊がたむろしていたといわれ、「鬼ケ城」名がついたという。
「鬼ケ城」といえば、桃太郎が鬼退治に出かける先も「鬼ケ城」である。猿、鳥、犬の3家来は、鬼を表す方角、丑寅のちょうど対角にあたる位置にいる、と猿の項で書いた。ふと思ったが、鳥といっても、桃太郎に出てくる鳥は、挿絵ではキジだったような気がする。ということは、酉年の鳥はキジもありなのか。。。。?でも酉年の鳥に鳶、白鷺、カラス、梟、ミミズクは入らないハズである。なぜなら十二類合戦絵巻において、十二支からさんざん馬鹿にされたタヌキが復讐のために十二支に戦いを挑む時に、加勢を頼んだ中にこれらの鳥達ががいるからである。酉がすべての鳥を含むなら、ちょっとおかしな話になる。
PIM0044.jpg
「十二類合戦絵巻」より 梟、鳶、白鷺
PIM0045.jpg
こちらがニワトリ

桃太郎に出てくる鳥はなぜキジなのか?ちなみにキジは雉子・雉と書く。矢のようにまっすぐ飛ぶ鳥という由来の感じであるそうだ。私は雉が飛んでいる姿を見たことがないが、ということは、この猿、雉、犬はそれぞれ武器の象徴なのか?雉が矢なら、犬は。。。犬の武器は歯だから。。。歯。。。刃。。。刀。。。?では猿は。。。人間に似ているから、いわゆる郎党といったところ。。。かな。。。?ではニワトリの立場はどうなる?。。。。話が脱線しそうである。。。これは今後の課題としよう。。。。。

さて、熊野の鬼ケ城。荒々しさといい、太陽の昇る東に面していることといい、まさに不死鳥(フェニックス)の棲家にふさわしい、うってつけの場所だ。

12月に入り、海風も強く、海岸の場所によっては立ち入り禁止の区域もある。「千畳敷」と名付けられた、海賊達がたき火を囲んで酒盛りでもしそうな場所にとりあえず機材一式を置き、撮影準備にかかる。岩壁越し、煌煌と輝く太陽を背にした不死鳥。。。といきたかったが、実際太陽を背景にすると言わずもがな。逆光になり、人物は真っ黒になってしまう。相当な技術があれば可能かもしれないが、私の腕では不死鳥が烏になること明白である。。。というか、それに近いものをやってみて失敗したのである、一度目に。干支シリーズの撮影は二度行きはもはやジンクス。一度目にネガフィルムで撮影して失敗したので、二度目は初めてデジカメで撮ることにした。確認しながらだと失敗がないだろうし。。。
PIM0043.jpg
失敗作。。。。。

二度目は荒波に浸食された岩を背景にすることにした。石英の岩壁は波の彫り放題。迫力のある自然彫刻美は見事の一言である。
rooster


それにしても。。。ここは中国からの観光のメッカなのだろうか?駐車場の大型観光バスはパンダの絵と中国~観光~とかいてあるものしかない。あとは数台の乗用車である。もしかしたらなにか中国映画で使われたとか?中の数人が、撮影している私達をみて何か話している。いつぞやのときのように握手でも求められるかな。。。と思ったが、そのまま行ってしまった。

駐車場に隣接する物産展のなかに「名物和歌山ラーメン」と看板があったので、入ってみた。ミカンか梅干しでものっているのかと思いきや。。。何の変哲もない。。。なる一枚とワカメがちょろんとのったラーメン。。。これが名物和歌山ラーメン??

それにしても和歌山はドライブする場所としては侮れない。地図でいうところの中心部はいわゆる山間、紀伊山地なので、熊野へ大阪方面から行こうとすると、近畿道で名古屋方面に突っ切って伊勢志摩から下りてくるか、和歌山市へ向かって阪和道で田辺まで行くか、いずれにしても最終の何十キロかは延々海岸線をドライブしなければならない。青い海をみながらのドライブは快適だが、時間を急ぐ時にはちょっと辛いかもしれない。でもこれ以上高速を作ってほしくはない。人間が自然を都合のいいように開発していくのではなく、自然のたたずまいにちょっとおじゃまさせてもらうのが、自然と人間の本来のあり方だと思う。自然が自然であるままの姿を尊重してこそ、自然はその恩恵を人に与えてくれるのである。

延々と海岸線をドライブしながらそんなことを考えた。
P1020313.JPG

白浜の「とれとれ市場」の伊勢エビの海鮮盛り。食べる前に撮るべきだった。。。。


衣装コンセプト・酉 [酉]

飛行機発明されるまで、青空を自由に飛ぶことは鳥の専売であり、人々のあこがれであった。空を舞うことで太陽に近い存在とされ、象徴化されたのも納得のできるところである。太陽は永久不滅の象徴である。そこから永遠の命をもつ火の鳥=鳳凰が作られた。四神の朱雀はこの鳳凰の系統である。そのようなイメージなどなど。。。が今年の作品となった。
PIM0041.jpg

ドレスの素材はフランスのリボン会社でもらってきたリボンを製造する時に断ち切られた「端」の部分(業界ではレピアくずという)を別布にミシンでたたきつけていったものである。本来は工場で廃棄されているものであるが、リヨンの工場を訪れた際に、使えそうだと思って、箱詰めにしたものを送ってもらったものである。くずとはいえ、100パーセントのシルク素材。出来上がりは艶やかで、箔も混じっているために超豪華である。
Bird 2060.jpg


闘鶏神社 [酉]

「闘鶏」という競技(?)がある。闘牛や闘犬と同じ類いのもので、ニワトリ同士を戦わせるものである。和歌山県田辺市に「闘鶏神社」という神社がある。その昔、この地域の有力な水軍の将である湛増に平家打倒軍の源氏の将である源義経が助勢を依頼した。義経はこの地の出身である弁慶を使者に使わしたところ(湛増の子だったという説も)、湛増は紅白のニワトリを本殿前で戦わせてどちらに加勢するかを占ったという。赤は平氏、白は源氏の象徴する旗印の色である。この時、赤のニワトリは白のニワトリを見て逃げ出し、湛増は熊野水軍を率いて源氏に味方することを決めたという。
P1020189.JPG


ちなみに現在の運動会で赤組、白組に分かれるのは、この源平の旗色に由来するそうだ。「白黒つける」ともいう。この時の白黒は善と悪の象徴である。「赤勝て、白勝て」の場合は赤と白は同等立場で、善悪の象徴ではない。勝敗は時の運で決まる。色の象徴するところも時と場合によりけりで面白い。

さて、闘鶏神社。この社の後ろには我が尊敬する南方熊楠大先生が「クラガリ山」と呼んだ樹木の生い茂る仮庵山(かりほやま)がある。大先生の奥様はこの闘鶏神社の宮司の娘さんであった縁もあって、大先生はここを熊野における植物研究の中心地とされたそうです。

ちなみに南方熊楠記念館は和歌山県のJR白浜駅から海岸に向かって20分程走ったところにある。海が見え、敷地内は様々な植物が植えられた一見の価値ある記念館である。私は特に菌類のコーナーが面白かった。交通はちょっと不便だが、人類学から考古学から天文学から、なにからなにまでウルトラマルチ人間の南方熊楠大先生の記念館、ぜひ訪れてみてください。


酉・鳥のイメージ [酉]

鳥とはいいながら、酉年の鳥はなんでも良いというのではなく、ほぼニワトリと相場が決まっているようである。人間に益をもたらす最も身近な鳥として認識されているというところだろうか。

明治時代に時計が普及するまでは鶏は告時の番人であった。時計の語源も時鶏(とけい)からきているとかきていないとか。。。因に一番鶏とは丑の刻(2:00am)、二番鳥は寅の刻(4:00)である。朝起きるタイマー代わりにするには少々早すぎないか。。。? 

このニワトリの習性を物語るもっとも古い話は古事記の天の岩戸物語に登場する「常世長鳴鳥(とこよのなががきどり)」だろう。岩戸にこもっていたアマテラスが、アメノウズメの踊りに誘われて出てきた時に喜びの第一声を告げたというニワトリ族の名誉ある御先祖様である。

時を司ることで、鶏はまた太陽の象徴でもある。おなじく太陽の象徴として熊野神社の八咫烏がいる。熊野湾にから大和まで神武天皇を先導したという三本足の烏である。現代ではJリーグのシンボルマークとしての印象の方が強いかもしれない。
おなじく神話に登場する鳥に金色の鳶がいる。神武天皇がナガスネヒコを討伐する時に弓の先にとまり、戦勝へ導いた鳥であるが、金色というところから太陽を象徴することに関わりがありそうである
DSC02818.JPG

大台ケ原の神武天皇像 杖の先に止まっているのが金色の鳶
メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。