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撮影:鳥取県鳥取砂丘 [未]

羊のイメージとしては、モンゴル辺りに行きたかったのだが、今シリーズは「和」でまとめようと思っているので、日本での景色を探した。。。
サフォーク種のひつじのような白い景色、雪景色、、、調べるうちに、鳥取砂丘に積雪があるという情報。12月上旬のある日、砂丘の観光案内所に電話をかけてみる。

「今砂丘に雪はつもっていますか」
「積もってますけど、そんなに多くはないですねえ」
「降ってはいませんね」
「降ってはいませんねえ」

このしつこさには訳がある。
卯年の撮影のために白兎海岸までいった時に、9号線沿いに良い海鮮市場を見つけた。後日、お正月用の海鮮を買うのを目的に、その市場に出かける前に、天気予報をみたらその辺り(香住)は雪模様だったので、一応前に海鮮を買った時のビニール袋に書いてあった電話番号に電話をかけてみたのである。なんといっても、家の自動車は普通のタイヤで、スノーチェーンの装備がない。

「すみません、今日そちら雪降っていますか」
「雪?雪は降っとらんね」


ああ、良かった、と出かけて現地に近づくにつれ目が点になった。一面の銀世界だったのである。さすがに国道には積もっていないが、国道脇のそば屋などは積雪のため入り口まで雪かきするのが面倒だったのか、休業になっている。

「雪降ってないって。。。」

同情の二人もぼうぜんとしている。

そう、雪は降っていなかった。積もっていただけで、確かに降ってはいなかったのである。地域による感覚の違いにがくぜんとなった思い出である。

ということがあったので、くど〜い確認の後、翌日の早朝に出かけることにした。

さて、砂丘までの道は白兎海岸と同じなので、慣れたものである。しかし、この年の寒さはハンパなものでなく、卯年と2週間もかわらないのに、辺りは一面の雪景色だった。

さて、今年の衣装も漏れずに寒い。ボアがついて一瞬温かそうな素材を使っているが、土台がビニール素材なので、保温性があるんだかないんだか。。。

まあ、カメラマンは良しとしよう、シャッターを押す手以外は防寒ばっちりなのだから。手袋はめても良さそうなものであるが、やはり作業は素手が一番感覚がわかるのである。ところがモデルは。。。

「雪景色だけど、気分はウールマークのひつじさん、でいってね〜」

というカメラマンのリクエストのもと、凍結寸前の微笑がひきつけをおこしている。

「膝が。。膝が痛い。。。」

モデルは衣装用の靴を履いている。撮影用なので、底も厚くなく、例えばぞうきん一枚くらいの布の上に立っているようなものだろうか。それであちらこちらと歩き回った日には。。。

「い〜だ〜い〜」

実はモデルはこの1年前に膝を強打する事故に遭っていた。普段はすっかり収まっていたのだが、急激な冷えにより、痛みを生じたらしい。
撮影を無事終えたあと、モデルは病院に走った。注射一本分、水が溜まっていたらしい。

モデルさん、今年もお疲れさまでした。
sheep



衣装コンセプト/未 [未]

今回の衣装を作るのに、首をひねった。
羊を思い浮かべるとき、イメージに浮かぶのはオーストラリアやニュージーランド、またはモンゴルなどの大草原で群れになっている姿ではないだろうか。
羊はもともと日本に生息しない動物である。
和のイメージで考える限り、例えば屏風、ふすま絵などに羊の姿は見当たらない。わずかに「羊頭狗肉」という四字熟語が浮かぶくらいである。6世紀頃に新羅から送られたこともあったようだが、仏教の影響もあり、また羊毛を必要とするほど気候が寒くなかったということで、結局根付かなかったらしい。ただ江戸時代には大島、長崎、薩摩などでわずかに牧産されていたようである。

日本には高地に羚羊がいた。これは見かけは山羊のようだが、山羊ではなく羊の仲間である。十二類絵巻に見られる羊は、まさにこの羚羊であろう。羊毛よりも、角が薬、つりばり、または雷よけなどのおまじないに使われたらしい。
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 十二類合戦絵巻より

ということで、今年の羊のイメージは和ではなく、どちらかといえば西洋のアリエス(おひつじ座)から持ってくることにした。くるくる巻き毛にした髪の毛に金の角、
にサフォーク種と呼ばれる頭と足が黒くて体は真っ白の羊。白といえば雪。白の世界に広がる青い空。
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未・羊のイメージ [未]

「眠れない夜の数え歌」

ひつじがいっぴき~ ひつじがにひき~」
眠れない夜にこの方法を試したことのある人は多いにちがいない。羊といえば、この歌を思い出すくらい、羊のイメージに直結しているのだが、効能については?である。
いっぴき~にひき~と数えるうちに、色んな羊がもこもこと登場してきて、数えるよりも羊の種類が気になったり、数え終わったひつじ達がわいわいと騒ぎ始めたりと、 だんだんポイントがずれていって、「こんなのぜんぜん効かない」とやめてしまったり、数えだすことによって余計に目が冴えてしまったりしているような気がする。
マンガ「つる姫じゃーっ(土田よし子)」で、主人公、つる姫がイライラ気分で寝つこうとしてひつじを数え、その頭の中のひつじがいらいら気分を増殖して結局眠りにつけないシーンがあるのだが、その気持ちがよく分かる。

それに、そもそもひつじを数える時って声に出す方が良いのか、または頭の中で想像する方が良いのか?? ちなみに私は一人でいる時は声に出さないが、他の人がいると声に出しているような気がする。「自分は寝れませ~ん、けど、寝る努力をしてるんで~す」という自己主張の一種?ハタ迷惑かも。。。ハハハ。。。


「神の子羊」

神の子羊 世の罪をのぞき賜う主よ 我らをあわれみたまえ
神の子羊 世の罪をのぞき賜う主よ 我々らに平安を与えたまえ
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幼稚園、中学、高校、大学とカトリックの学校に通った私は幾度となくこのような聖歌を歌ったものである。学内の合唱団に入っていたから、クリスマスのミサなどで歌う機会はさらに多かった。ひつじというのはイエスに付き従う人々のたとえで、「良き羊飼い」というのもよく耳にした言葉である。クリスチャンではないので、「羊飼い」などといわれると、キリストよりもむしろ「アルプスの少女ハイジ」のペーターのイメージの方が先に出てきたりするが、「いや、彼は羊じゃなくて山羊飼いだったか?」と思ったりしながら歌っていたものである。
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仔羊のいる聖家族 ラファエロ プラド美術館



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