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十二類合戦絵巻について [十二類合戦絵巻]

「十二類合戦絵巻」は、室町時代に描かれた御伽草紙の一つである。2006年4月22日から6月4日まで、京都国立博物館の「大絵巻展」で個人蔵の貴重な実物が見れたのだが、運の悪いことに、この期間、私はパリに在住していたのである。遅まきながら、図録を探したのだが、博物館にさえ在庫がないので、これからも古本屋などで目を光らせるしかない。今回参考にしているのは「日本絵巻物全集18(角川書店)」であるが、これとて、すでに絶版である。これも古本屋で根気よく探さねばなるまい。そしていつか実物にお目にかかれることを切に願うばかりである。

十二類合戦絵巻は室町時代に流行した鳥獣草木を擬人化して物語を運ぶという「異類物」とよばれるジャンルの物語である。おおまかにいえば薬師如来の眷属である十二獣と狸率いる軍団との合戦のお話。


ざっとあらすじを紹介すると。。。
ある月夜、薬師如来の眷属である十二獣が月を題材に歌合わせを行った。
そこへ鹿が狸を伴って現れ、判者を申し出る。

戌が出て来て追い返そうとするが、鹿は自分が「歌仙の一分」であることを述べ、龍がその場をまとめ、鹿が判者と歌合わせが始まる。
歌会は滞りなく進み、歓待の宴へと続き、十二支はそれぞれ珍しい肴を持参して鹿を接待する。その様子を供の狸はうらやましそうに見ている。

数日後、十二支獣は再び歌合わせの会を企画し、鹿に判者を依頼するが、鹿はこのたびは辞退する。

先日の鹿の様子をうらやましく思っていた狸が、それならば自分ではどうかと申し出た所、場違いの不心得者と、十二支獣にさんざんに罵倒され、打擲されて、命からがら逃げ帰る。
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狸は口惜しくてしょうがない。この恨み、はらさんものと、狼、狐、鳶などの仲間を集めて復讐戦をもくろむ。

狸の動きを察知した十二支は先手を打つ。勝利は得たものの、狸を捕らえることが出来ず、翌日の戦に備えて野宿する。

野宿して酒宴をはっている十二支の様子を見張っていたトビが洞穴に隠れている狸に夜襲を勧める。狸、仲間を呼び戻し、夜襲をかけて成功。十二類を蹴散らす。
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十二支、体勢を立て直し、反撃。狸軍、ちりぢりとなり、狸は命からがら逃げ出す。
一旦は鬼に化けて十二獣をかみ殺そうと計画するが、犬に見破られる。

狸はついに恨みつらみを捨て、仏道の悟りを開くため、妻子に別れを告げ、法然上人門下の弟子となり、夜な夜な腹鼓をうって念仏を唱え、京、西山の庵に隠棲するが、和歌への執着だけはついに捨てきることが出来なかった。



というお話。


「十二類合戦絵巻」」と題のついた物語だが、この話の主人公は十二類ではなく、タヌキである。下手の横好きだったのかもしれないが、なんだか狸が可哀想になってくる。「神に選ばれた」プライドを持つ十二獣からすると、「春日大社」の神使である鹿は許容範囲でも、狸は「論外」の存在だったのだろう。純粋な善意で参加をしようとしたのに、居並ぶお歴々の冷たい反応に恥をかかされた。。。などは、現代の人間社会にも十分ありそうな光景である。

それにしても登場人物達のなんと生き生きと描かれていること。上下や鎧を着た獣達の所作は、人間より人間臭いというか、擬人化されていることにより、人間の持つ表情がよりクローズアップするというか。昔、山の中では本当にこのような光景が繰り広げられていたのではないだろうかと錯覚さえ起こしそうなリアルさがある。人間の身勝手な山の切り崩しによる宅地化や道路整備などが、これらの自然の生き物の権利を奪ってしまった。闇が排除されたことにより、魔物が駆逐されてしまったように、山が神秘の霊域であった頃とは異なり、人間から見通しの良い山にこのような異界は存在し得ないのである。

動物の存在がより身近で、彼らの中に神性を見いだしていた人々でなければ、このように闊達な絵は描けない。自在に画面を飛び回る動物達をみていると、滅ばねばならぬ種は人間なのではないかとさえ思う。
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十二類が野宿する場面。 炊き出しをしている兎、覗き込む鶏。おたまを持つ手の表情がリアルで、湯気のたつ鍋の中身は何だろうと想像してしまう





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